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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2748号 判決

控訴人 岡田久子

被控訴人 森田逢

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人と訴外井上マキ外四名間の東京簡易裁判所昭和三六年(イ)第八五六号事件の和解調書につき、同裁判所書記官が昭和四七年四月一二日控訴人に対する強制執行のため被控訴人に付与した執行力ある正本はこれを取り消す。被控訴人より控訴人に対する右執行力ある正本に基づく強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、和解調書は、確定判決と同一の効力を有し(民事訴訟法第二〇三条)、確定判決は、口頭弁論終結後の承継人に対してその効力を有するのであるが(同法第二〇一条)、和解調書については、これを画一的に和解成立時期と解すべきではない。なんとならば、和解調書にあつては、それが判決の如く明確に現在の権利関係を宣言し、建物明渡義務を明示した場合ならともかく、本件和解調書の如く、賃借人井上マキに対し、従前の建物賃貸借の存続を認め、将来無断転貸その他一定の契約不履行の事由があつたときは、賃貸人の通告により契約を解除し、この場合は明渡すという不確定な条件付明渡義務を定めた和解については、その後に現われた転借人については、和解の効力を受けない第三者と解するのでなければ、判決の場合に比し、その受けるべき不利益、不公正は許さるべきことではない。

二、控訴人は、被控訴人が契約解除の通告をなした以前に転借しており、仮りに右井上マキに契約違反があつたとしても、それだけでは当然明渡義務を負うものではなく、単に解除権が発生するにすぎないのである。換言すれば、解除通告により右井上マキの条件付明渡義務が現実化する以前の承継人であるから、明渡義務の承継人とみることはできない。

証拠〈省略〉

理由

一、請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。右事実によれば、控訴人は訴外井上マキからその賃借物件である原判決添付物件目録記載の建物のうち東側階下建坪八坪五六二五の店舗部分の転貸を受け、その占有を承継したものである。しこうして本件和解に基づく被控訴人の建物明渡請求権は、賃貸借契約の解除によるものであつて、債権的性質を有するものであるが、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件建物の所有者であることが認められるから、かかる賃貸人が同時に所有権者である場合は、右明渡請求権は、物権的請求権の性質も兼有し、従つて現在の占有者が右物権的請求権に対する責任者としての適格を有する者として、明渡義務を承継しているものというべきである。よつて控訴人は、訴外マキの承継人として、本件建物のうち前記店舗部分の明渡義務を負うことになるから、当然本件和解調書の執行力もこれに及ぶものというべきである。

二、控訴人は、控訴人の占有取得当時には、いまだ訴外井上マキの明渡義務が現実に効力を生じていないことを理由として、控訴人を明渡義務の承継人と解することは違法であると主張するが、控訴人の承継人としての明渡義務は、被控訴人の本件和解に基づく明渡請求権が具体的に効力を生じ、強制執行に着手するとき現在の占有者として負うものであることは前叙のとおりであつて、控訴人の主張する如く、控訴人がその占有取得時における前主の明渡義務を承継したときに限ると解すべきではないと考えるから、控訴人の右主張は理由がない。

なお、控訴人は、本件の如く、不確定な条件付明渡義務を定めた和解については、その後の転借人は和解の効力を受けない第三者としなければ、不利益を受け、不公正な結果となるとも主張するが、民事訴訟法第二〇一条の規定による承継人に対する判決又は和解調書の効力は、当該承継人の判決又は和解調書の存在およびその内容の知、不知に拘らず、法の規定により当然及ぶものであり、しかも前叙の如く、和解についてもその承継当時の具体化した義務を承継するにとどまらないと解すべきであるから、右主張は理由がない。

三、以上の次第であるから、被控訴人の解除権の行使による条件の成就後、明渡義務の強制的実現のために、控訴人を訴外井上マキの承継人にあたるものとして、本件執行力ある正本が付与されたことに何らの違法もなく、控訴人の請求は失当として棄却すべきである。

よつて原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 小林定人 関口文吉)

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